市川孝

工房の市川さん

芯のある陶芸家

笑顔が素敵で、所作が美しい市川さん、見た目から雰囲気がある。いつもワクワクすることを探しているように見えるし、物事を深く掘り下げ本質に近づこうとしている意識も感じる。それも、熱気を帯びているというよりは、穏やかに、閑かに、脈々とという感じだった。

今や知る人ぞ知る人気陶芸家。市川さんの器や茶器は、使い手のことを考えた実直なつくりと、その美しいフォルムでファンが多い。斯く言う私も数年前から市川さんの飯碗を夫婦で使っている一人で、使い心地はもちろん、飽きのこない姿もとても気に入っている。

窯で作業する市川さん

北海道で学び、地元で教えた過去

市川さんは、地元の高校を卒業後、一番遠いところへ行ってみたいという理由で、北海道の教育大学で美術を勉強した。大学では、道内を自転車で旅する中、アイヌの彫刻家をはじめ様々な芸術家や工芸家との出会いから、北海道の自然の魅力と共に、美術の魅力を肌で感じた。そして興味が湧いた彫刻を学ぶことになる。またこの時、会いたいと思っていながら行動に移せなかった作家さんの死去をキッカケに、人に会うことの大切さを思い知った。思い立ったら直ぐに行動しないといけないと強く心に刻んだという。

その後、気になる彫刻家の指導を求めて新潟の大学院へ、修了後は地元の高校で美術の臨時講師に就いたが、次第に自分はもっとモノづくりに集中したいと思うようになり、教師の道に進まず陶芸の道へ舵を切った。

ロクロを回す市川さん

試行錯誤で掴んだスタイル

製陶所に入り、ロクロを回すことから商品づくりまで、あらゆることを学んだ。実は市川さん、ディレクターとしての能力がとても高い。その会社でも作り手としてよりも自分のアイデアで商品開発をしていたようだ。そして業績を大きく伸ばすことに貢献した。その後一度独立したが、もう一度、別の陶芸家のもとに弟子入りし、地元で再独立をした。

再独立後は個展を中心に活動。地道な行商を続けていると、東京と京都のギャラリーから声がかかった。誰かの真似ではなく、自分らしい個展をゼロからつくることにした。昔の石皿から着想を得て「火にかけられる皿」を創った。展示を見に来た料理人が実際に火にかけてみたいと、季節外れのストーブの上に器を置いて食材を焼いてくれた。自分の想像とは違う使い方にワクワクしたとのことだった。その個展は大きな評判を生み、たくさんの人が訪れた。その経験が、今の市川さんのモノづくりのスタイルを形成している。作り手のエゴではなく、使い手のニーズを大切にすること。作り手と使い手が対話して、使うことのワクワクを形にして新しい本質を見つけ出すことだった。

市川さんの茶車と中国での茶会

一作家としてではなく、市川孝として

現在、市川さんは定期的に仲間と茶会を開いている。場所も、内容も、限定せず、毎回ゼロから築き上げているとのこと。中には中国の竹林で開催したこともあるという。市川さん曰く「一人で活動しているとフットワークは軽いが、どうしても偏りが出てしまう。チームで活動することでより世界が広がり開放感を得ている。」とのことだった。今は、ディレクターとして、デザイナーとして、もちろん作家として、お茶を広める活動をしている。自分の役割を限定せずに、求められることに丁寧に応えている。一陶芸家としてではなく、市川孝という人として生きていることが伝わってきた。

土瓶をつくる市川さん

米原のこと、モノづくりのこと

米原のことを聞いてみた。
都会だからとか地方だからではなく、考え方一つで世の中が変わると教えてくれた。例えば米原なら、素晴らしい自然がありながら、米原駅から全国・全世界へ出やすい。住んでいる人なら当たり前に感じることも、他から見たら特別なことになる。とにかく、外からの意見こそ地元を見直すキッカケになると話してくれた。

これからモノづくりに携わる人に向けて、こんな話もしてくれた。
まずは仮説(狙い)を持ってモノづくりをすること。その上で、お客さんは何に目をやった?何を手に取った?取らなかった?をちゃんと観察すること。全てのヒントはお客さんにある。そして大切なのは、それに自分で気づくこと。そして自分が思うステキを重ね、丁寧に提案するところから初めてほしい、すると次のヒントが湧いてくると話してくれた。