冨岡忠幸

デスクワークする冨岡さん

体を動かすのが得意だった幼少期

現在、米原市役所で働く冨岡さん。
デスクワークとは不釣り合いな引き締まった体に、やんちゃな少年のような笑顔が印象的。そんな彼のもう一つの顔は、カヌー選手。東京パラリンピック出場を目指し、日々、肉体と技術を磨いている。

子どもの頃、朝から晩まで魚獲りに明け暮れ、米原の大自然と戯れ遊んでいたそうだ。スポーツが盛んな米原市で、冨岡少年は野球やホッケーを通して、有り余るエネルギーを発散して過ごし、幼少時代から人並み外れた身体能力の高さと勘所の良さで、どのスポーツでも成果を発揮したという。

インタビューを受ける冨岡さん

事故、そして新たな出会い

そんな冨岡さんに転機が訪れる。
19歳の時、交通事故に見舞われ、左足が義足となる。今まで当たり前にやってきたことができず、これからどうしていけばいいのかと途方に暮れていたという。

その暗闇の中で見つけた希望は、やはりスポーツだった。義肢装具士との会話をきっかけに、以前から興味のあったサーフィンをしてみたり、その他様々なスポーツに挑戦する中、障がいのある人によるアンプティサッカーという競技に出会いのめり込む。この迫力ある競技をぜひ知ってもらいたいと、関西にチームを立ち上げる。その関係者の一人からカヌーに誘われるまま試合に出た所、まだ経験も浅い中でトップ選手に迫る記録を出し周囲を驚かせた。

カヌー競技をする冨岡さん

東京、パリ五輪を目指して

義足というハンディを乗り越え、自分を輝かせることのできるポジティブな精神力は、スポーツとの出会いと、思う存分、大自然の中を駆け回った幼少時代に培われたのかもしれない。全国の試合に足を運ぶのに、米原市の立地と交通の便利さはおすすめという冨岡さん。これからも、スポーツを通して人生を楽しみたい。そして、東京パラリンピック、その次のパリまで視野に入れ、挑戦したいと語った。