山堀貴彦

コーチングする山堀さん

ホッケーのまち、米原

米原市のスポーツといえばホッケー。
ホッケーといってもアイスホッケーではなく、人工芝の上で行われるフィールドホッケーが盛んに行われている。市内には設備の整った恵まれた環境があり、東京オリンピックでは、米原市がホストタウン登録をしているニュージーランドの男子ホッケー代表チームの事前合宿地として選ばれている。

子どもの頃からホッケーに慣れ親しむことができる米原市の土壌は、多くの日本代表を誕生させている。山堀さんは、その中でも長年日本代表のキャプテンとしてホッケー界を牽引し、現在は日本代表のコーチ、聖泉大学のホッケー部監督として、ホッケーの普及と強化に努めている。

インタビューを受ける山堀さん

日本のトッププレイヤーへ

小学生から始めたホッケーだったが、最初は遊び半分だった。だが、本人も気づかない才能が開花したのは大学時代。名指揮官と呼ばれる監督のもと、がむしゃらにホッケーをした。少しずつ上手くなると、自然と負けたくない気持ちが芽生えた。そんな中、大学2年の時、オーストラリアのコーチと出会い、初めてホッケー戦術に触れ、そこからホッケーの面白さに気づき夢中になった。

そして、一躍大学のトッププレーヤーとなり、日本代表に選出。2000年のシドニーオリンピックを皮切りに、2004年のアテネ、2008年の北京と3度チャレンジした。あと一歩のところまで漕ぎ着けるが、選手としてはオリンピック出場が叶わなかった。

コーチングする山堀さん

ホッケーをメジャースポーツへ

直近の2018年のアジア大会では日本ホッケー史上初の優勝を勝ち取った日本代表。東京オリンピックでの活躍にこれまでにない期待が高まっている。現在は、合宿の中で今まで培ってきた山堀さんの技術を惜しみなく選手に伝えているという。選手と一丸となりオリンピックのメダルを目指していると話してくれた。一方で、オリンピックに出場できる選手たちが羨ましいとはにかむ笑顔が印象的だった。

「僕はホッケーがとにかく好き。ホッケーと出会わせてくれた米原市には感謝している。これからは、ホッケーをメジャースポーツにして、子どもたちがホッケーのスティックを持って歩いている光景が各地で見られるようにしたい」と話してくれた。