田中健太

プレーする田中さん

日本ホッケーの至宝

日本のホッケー界で、後輩たちの指標となり注目され続けている田中健太さん。小学3年生からホッケーをはじめ、中学校時代は優勝しかしたことがなかったという。親元を離れてホッケーの名門天理高校へ進学すると、1年生からレギュラーを務めた。高校時代何より良かったのは、寮生活を通じて親のありがたみを実感できた事だと話してくれた。さらに、高校卒業後すぐの北京オリンピック予選では、最年少で日本代表に選ばれた。そして、立命館大学在学中には、ドイツのチームからオファーを受けたが、この時はホッケーのプロということが想像できず断った。

プレーする田中さん

プロのプレイヤーとして海外挑戦

そんな田中選手に転機が訪れる。和歌山で公務員として働いていた30歳の時、オランダのクラブチーム「HGC」からオファーがあった。海外でプレイできる最後のチャンスと決心を固め、周囲の心配を押し切り単身オランダへ渡った。オランダをはじめ、ヨーロッパ各国ではホッケーは人気スポーツとしてプロチームが存在している。

オランダへ渡り1年半、ホッケーを取り巻く環境の違いを実感しているという。1つのクラブチームに約5面のホッケーコートがあり、それが数キロ圏内にいくつもある。さらに、日本では考えられないが、バスや電車でホッケーのスティックを持った人たちと会うのも日常的な光景らしい。子どもからお年寄りまでが楽しんでいるという。日本の選手にも若いうちから貪欲に海外に出て、視野を広げてもらいたいと話す。

インタビューを受ける田中さん

自分で考え、成長を実感すること

ここまで好きで続けてこられたのは、着実にステップアップしている実感を得られたから。そう言えるのは、ストイックに自分と向き合い課題を越えてきたからだろう。東京オリンピックでは、もちろん金メダルを目指している。まだメンバーが確定したわけではなく、オリンピックへ向けたサバイバルの真っ只中。残りの時間で日本代表チームに足りないところを、世界を見てきた視点で仕上げていきたいと意気込みを話してくれた。

プレーする田中さん

ホッケー環境が充実し、暮らしやすい米原

将来は、自分を成長させてくれたホッケー界に恩返しをするために、ホッケーを広める活動をしたい。米原市はホッケーをするには素晴らしい環境が整っている。暮らしやすく、人が良いのも大きな魅力と話してくれた。特技はアタックと、チャンスメイクだと話す田中選手。今後も、人生において多くの得点を重ねてもらいたい。