桃の花がほころぶ時期、自前の本棚に愛書をたずさえ来てくださった谷口さん。その話しぶりから、穏やかな人柄がうかがえる。現在55歳の谷口さんは、長年勤めた会社を3年前に辞められた。京都の舞鶴市出身で、結婚とほぼ同時に長浜に転勤となり、米原に家を購入された。その後もたびたび転勤をすることとなり、米原市と転勤先とを行き来していたという。
仕事優先でなかなか米原市に根付くことのできない生活の中、もっと地元の人と繋がりたい、地元のことを知りたいという思いと興味から、米原市が運営する「ルッチまちづくり大学」に入学。そして、仕事をする傍ら、自分たちの暮らしたいまちを自分たちで作ろうと、米原市との協働事業「米原まちづくろい会議」をスタートさせた。「こうなったらいいな」というまちの構想を話し合ったり、人と人とを繋ぐ場所をつくったり、活動の輪を少しずつ広げた。その中で様々な出会いがあり、多様な生き方を知るにつけ、「このままでいいのか?」という疑問が浮かび、52歳の時、退職を決意したそうだ。
「つながるカレー」という本との出会いも谷口さんに大きな影響を与えた。「つながるカレー」は、まちかどでカレーを作りはじめると、匂いに誘われ少しずつ人が集まり、自然とお手伝いを始めて、一過性のコミュニティができ、最終的にはみんな一緒にカレーを作って食べる「カレーキャラバン」という取組を紹介している。小さくてもいいから何かを始めれば、興味をもった人が自然と集まり、それぞれ心地良いスタンスで関わって、最後みんなで共感し合える。このグラデーションのような繋がりに感銘を受け、「自分に合っている」と気づいたという。
早速、「カレーキャラバン」のメンバーの方にお願いし、協働事業「米原まちづくろい会議」のイベントとして「カレーキャラバン」をやってみることが決まった。実際にまちかどでカレーを作り始めると、不思議そうに遠巻きに見ていく人、「何してるの?」と質問する人、時々調理を手伝っていく人も現れる。そして、みんなでカレーを食べ始める頃には隣の公民館で練習していた管楽器を持った人たちがやってきて、即席ライブが始まった。そんな様子を見て谷口さんは、まちの中にはいろんな人が居ていいし、思い思いの場所、それぞれのスタイルで過ごせるのがいい、そんなまちの風景が米原の日常になるといいなと思ったそうだ。温厚でカジュアルに見える谷口さん、実は食べてみると熱くスパイスの効いたカレーのような人なのかもしれない。
サラリーマン時代に点々と転勤をした経験から、いろんな部署の調整役としてコーディネートをしていた自分が、気がつくと今は人を人とを繋ぐまちづくりコーディネーターになった。結局、今も昔もやっていることはよく似ていると笑った。谷口さん曰く、米原は、まだまだ伸びしろがたくさんある場所。今ある地形やものを生かし、使い方を限定せずに自由な発想で生かすことができれば、絶対に面白いまちになる。現在携わっている「米原まちづくろい会議」や今後実施する「つくる未来展」を通して、小さな企みを持っている人たちが繋がり、未来の米原市が素敵なまちになるようにコーディネートしていきたいと話してくれた。