動物生態写真家・須藤一成さん

カメラを構える須藤さん

大雪の日に

事務所に飾ってあるイヌワシのモビール

2024年1月。雪の多いこの地域でもまれにみる記録的な大雪の翌週、野生動物写真家の須藤一成さんが伊吹山の麓にある事務所で出迎えてくれた。事務所のあちこちにイヌワシがいる。写真、剥製、骨格標本、置物に木製モビール。「これはイヌワシの羽ですか?」「骨って思ったより細いですね?」「これは爪ですか?」と次々に質問してしまう。その一つひとつに須藤さんは、「ええ」と穏やかに、丁寧に答えてくれた。

動物生態写真家って?

須藤さんの主な仕事内容は、撮影した動物の写真や映像を様々な媒体に貸し出したり、販売したりすることだ。須藤さんの活動は伊吹山とその周辺地域だけにとどまらない。年に一度はアフリカへ撮影にも行く。チーターやヒョウの狩りの様子、その存在にいち早く気がつくキリンの様子などをいきいきと語ってくれた。自分たちの感性で撮影した写真や映像を通じて野生動物たちの魅力を伝えたいと話してくれた。

カモシカの親子

キッカケはクマタカ

クマタカの親子

幼い頃からワシやタカなどの猛禽類が好きだった須藤さん。きっかけは中学生の頃に地元(現在の福知山市)で偶然見つけたクマタカだった。当時、アルプスなどの高山地帯に生息すると考えられていたクマタカ。もっとよく観てみたいと双眼鏡で眺めたり、友人と一緒に巣を探したり、夢中になった。そのうち自然と「将来は野生動物に関わる仕事がしたい」と思うようになったという。しかし当時は今のように野生動物を相手にする仕事がほとんどなかったそうで、両親には夢みたいなこと言ってないでと何度も言われたそうだ。

身近に感じる山と野生動物

33歳の時、結婚とほぼ同時に伊吹山の麓へと移住した須藤さん。「イヌワシや野生動物を追いかけているうちにここに辿り着きましたね」と話す。「自然が豊かなところや、イヌワシが生息する地域はほかにもいくつかありますよね。でもね、伊吹山の何がいちばん魅力的やったかというとね、山を身近に、山と関わりあえるところなんです。伊吹山は標高1377mで、そこまで高い山じゃない。人間が普通に生活していたり、登ったりしている。そのすぐ傍に野生動物たちも暮らしている。それが、伊吹山ってすごいなって思いましたね。だからここに身をおきたいって思ったんでしょうね」と話してくれた。

取材を受ける須藤さん

野生動物の魅力を知ってほしい

餌をくわえる野生のテン

「みんな野生動物って人間とは別世界にいるって思いがちなんですけど、意外と身近にいるんです」と須藤さんは言う。「よく観てみると、人間が気がつかないだけで動物たちの痕跡があちこちにある。動物は音や匂いに敏感だから出会う前に、僕たちが気がつく前に避けてくれているんです。そんな、すぐ傍で暮らす野生動物たちの魅力を知ってほしいんです。彼らがどんな暮らしをしているのか知ることで、歩み寄れるんじゃないかと思っているんです」と話してくれた。

イヌワシが生息できる環境こそ

生態系の頂点と言われるイヌワシ。そんなイヌワシも食事になる沢山の動物がいないと暮らしていけない。裏を返せば、伊吹山には多くの動物が生息していて、動物たちが息づくための素晴らしい自然が残っているということになる。須藤さんは、イヌワシにとって良い環境というのは、伊吹山の動植物や人間にとっても良い環境で、その環境を未来に残していきたいと話してくれた。そのために、須藤さん自身が一番やりたい、やらないといけないと思うことが、人工林を減らしていくことだと言う。

伊吹山のイヌワシ

人工林を減らすこととは?

杉と桧の森

人工林のどこに問題があるかというと、人工林の植生のほとんどがスギとヒノキの2種で構成されていることだと須藤さんは言う。この2種は冬でも葉が残る。そうすると、①地面に光が届かない、②その地面に植物が育たない、③植物を食べる小動物が生息できない。そうなると当然、小動物を食事とするイヌワシが生きていけない環境になってしまう。日本では戦後たくさんのスギやヒノキが植林され、現在、人工林は全森林面積の約40%を占めている。「半分近くもね、人間がとったらいかんでしょ」と須藤さん。「何とか人工林を減らしていきたい。木を切り倒して地面に光が届くようにする、そこから新たな植物が育って自然の林にもどればいいけれど、これは試行錯誤するしかない。早急に取り組みたい」と語ってくれた。

伊吹山植生復元プロジェクトについて

2024年から本格的にスタートする伊吹山植生復元プロジェクト。須藤さんは、登山道の修復や野生動物について話してくれた。「動物たちはよく知っているんやろうな。登山道の辺りは人間がいるって分かっているから動物が避けています。だから登山道は増やさないでほしいなと思います。登山道が増えると動物たちの活動するスペースが分断されてしまう。だから今ある登山道で山のルールとマナーを守って登山してほしいですね」と須藤さん。50年前と比べると鹿がとても増えていることを実感しているようで、当時は撮影に山に入ってもなかなか見かけることのなかった鹿が、今では山に入って一番初めに見かける動物になったとも話してくれた。

鹿が増えたことによって、登山道のまわりの背の高い植物が食べられてしまう。そうなると、登山道から外れた場所も人が歩く、人が踏みつけることでますます植物が育たなくなる。現状では、そんな悪循環に陥っているという。「こんな状況なので鹿にもちょっとだけ少なくなってもらえるといいなとは思うけど、彼らもそうそう簡単には捕まってはくれません。人間がどこまで野生動物に対抗できるか?っていうことですね」と須藤さんは言う。

野生のキツネ

伊吹山のサファリ化

飛翔するイヌワシ

「夢みたいな話だけど、伊吹山がサファリになったらいいなと勝手に思っているんです」と須藤さん。撮影で度々訪れるというアフリカには、四国ほどの広さの国立公園や動物保護区があり、人間は住むことができない動物のためのエリアが守られているという。ガイドがつき、パンフレットには様々な言語でルールが定められ、須藤さんのように撮影に訪れる人や観光客が支払ったお金が環境保全活動に充てられているそうだ。日本では海外のように動物と人間が住む場所を大きく分けられるような土地はないので、野生動物たちと近くで暮らしながら、日本式でサファリができたらいいなと思っていると話してくれた。

サファリという観点では、伊吹山は良い地形だと言う。それは、山頂付近はひらけた草原で動物が見つけやすく、標高もさほど高くないので人力でアプローチできるし、ドライブウェイもある。「一部のルールを守らない人たちが柵を乗り越えたり、イヌワシに餌付けをしたりする問題に対しても、ひとつの解決策になるのではないかと思う。サファリ化にともなって明確なルールを定めて、訪れた人々にはガイドがついて伊吹山の動植物について学ぶ。彼らが払う入場料を環境保全の資金にできたら理想的ですね」と須藤さんは未来を見据えた。

カメラをかまえる須藤さん

動物生態写真家 須藤一成

概要
自由に大空を天翔る雄大なイヌワシに魅せられ,猛禽類の魅力を通して自然の素晴らしさを伝えるべく、滋賀を拠点に撮影活動を続けている。近年は、多種多様な猛禽類が生息するアフリカでの撮影にも取り組んでいる。 「写真集イヌワシ」平凡社 「伊吹山自然観察ガイド」山と渓谷社 「大空を舞う森の守護神」NHK DVD「ブラックイーグル」「ツキノワグマ」など
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文/写真

びわ湖の素編集部

びわ湖の素編集部は、ディレクター/デザイナー/カメラマン/ライターなどで構成されるクリエイティブチーム。自分たちが楽しいと感じ、人に伝えたいと感じることを大切にして、米原の魅力を発見し、体験し、発信しています。また、一緒に編集してくれる仲間を随時募集しています。