伊吹山レンジャー・鯉登千尋さん

プロモーションブースで笑顔の鯉登さん

よもぎの香りが広がる中で

笑顔で取材を受けてくれる鯉登さん

ほんわかとした笑顔でインタビューに答える鯉登さん、米原に移住する前は群馬県でバスガイドをしていました。現在は、地域おこし協力隊の伊吹山レンジャーとして山の保全に携わりながら、移住先で出会った伊吹のよもぎに魅了され、体を温める自然療法「よもぎ蒸し」を始めています。将来的には、伊吹のよもぎに関する活動を自分の生業にしていけたらと考えています。インタビューの日も、鯉登さんの「よもぎ蒸し」を楽しむお客様がいらっしゃいました。心地よいよもぎの香りが広がるなか、米原への移住のきっかけや現在の活動、そして将来についてお話を伺いました。

山ガール 伊吹山に惹かれて、米原へ

群馬県でバスガイドとして働いていた鯉登さんは、コロナ禍でこれからの仕事に不安を感じ、新しい道を模索する中、地域おこし協力隊の存在を知りました。数ある候補地の中から選んだのが米原。なぜなら、鯉登さんは山が大好きな「山ガール」なのです。群馬では谷川岳や赤城山に登り、山頂で山ごはんを作って楽しんでいました。

「バスガイドの仕事では、群馬から京都や奈良にお客様をお連れする途中、濃尾平野を過ぎたあたりで伊吹山をご案内していました。毎回ご案内しながら、伊吹山の姿が少しずつ変わってきていることに気づいて、ちょっとおかしいなと思うようになったんです。」と鯉登さん。

伊吹山に異変を感じていた鯉登さんは、その保全活動に関わりたいと考え、地域おこし協力隊に参加することを決意。娘さんが就職し、ご両親も元気だったこともあり、「今がその時!」と単身米原へ移住しました。

接客をする鯉登さん

山の仕事、こんなにハードだったとは!

伊吹山の登山道を資材を担いで歩く鯉登さん

鯉登さんは伊吹山レンジャーに任命され、山頂でのローカルルールの周知や啓発活動、協力金のお願い、ゴミ収集など様々な業務を行いつつ、広報担当として他府県にも赴きます。また、鹿の食害を防ぐ柵の取り付けにも携わり、現場作業の過酷さを実感しているようです。

「長さ2.5メートルほどの柱を合計5本、重さ10kg。それを担いで登山道を歩くのが、すごくキツくて。工具だけでも重いので、これは修行だなと思いました。」と鯉登さん。ところが、他の作業員がその倍の量を運んでいるのを見て、現場作業員のすごさを感じました。それでも、厳しい山の作業に立ち向かい続ける鯉登さんの姿勢は、誰もが認めるところです。

現場での作業は決して楽ではありませんが、鯉登さんは「楽しくて仕方ない」と言います。そんな中、2023年7月には土砂崩れが発生し、登山道が通行止めとなる事態に。伊吹山の状況はさらに厳しくなりました。

少しずつ着実に伊吹山を再生する

災害後、失望感が漂うのではないかと思われる中、作業に取り組む地元の人たちには「南側の斜面が崩れて作業できないなら、今は山頂をやろう。」という、前向きな姿勢がありました。これまでずっと山の活動に関わってきた地元の人々には、伊吹山を愛し、自然とともに暮らしてきた人たちならではの柔軟さと広い心がありました。

山頂では金属柵の設置作業に取り掛かり、ドローンやクローラーが資材を運んでくれるようになったことで、作業は少し楽になりました。植生復元の作業が続く中で、鯉登さんは少しずつ伊吹山の再生を実感しています。金属柵の導入により、鹿による食害が減少し、シモツケソウなど伊吹山の花々が少しずつ復活してきています。しかし、アメリカオニアザミやセイヨウタンポポといった外来種の増加など、課題はいくつもあります。

伊吹山の山頂で金網の修復をする鯉登さん

伊吹山を愛する人たちと共に

山仕事仲間と休憩する鯉登さん

「作業も楽しいんですけど、会合で出るご飯が本当に美味しくて、毎回楽しみにしています。」とうれしそうに語る鯉登さん。「鯉ちゃん、ご飯が出るでー」と、会合のたびに声をかけてくれるそうです。

3月から、また伊吹山での作業が始まります。鹿の頭数制限に取り組みつつ、鹿と共存し、山のバランスを保つという課題に挑む米原市。鯉登さんにとって、今年は地域おこし協力隊としての最後の年になります。優しく頼もしい先輩たちとともに、今年も伊吹山へと向かいます。

移住先でよもぎに出会った!

鯉登さんが移住したのは米原の板並地区。そこで出会った地元の人から「よもぎ畑をやってみないか?」と誘われました。「やるやる!」と言ったものの、最初はよもぎに特別な興味があったわけではありませんでした。ところが、実際に栽培を始めてみると、その素晴らしさに気づき、よもぎを活用する方法を考えるようになりました。

「地元の人々にとっては当たり前のものかもしれませんが、この土地で育つよもぎには他にはない価値があるんです。世界から注目されているんですよ。」と力が入る鯉登さん。その後、薬草コーディネーターやハーブコーディネーターの資格を取得し、「よもぎ蒸し」という自然療法を始めました。地域おこし協力隊としての任務終了後は、伊吹のよもぎの魅力をもっと多くの人に広め発信していきたいと考えています。

鯉登さんのよもぎ蒸しを受けるお客さん

再び「薬草の里」として豊かになる日を

伊吹山植生復元のプロモーションをする鯉登さん

「将来的には『よもぎのことなら鯉登に聞け!』と言われるようになりたいですね。伊吹のいろんなよもぎ製品を、必要としている人たちに繋げる窓口のような存在になれたらと思っています。」と鯉登さん。

伊吹ではおばあちゃんたちが近所の薬草を摘み、食べたり、お茶にする習慣があり、昔は摘んだ薬草を持って行って売る直売所があったといいます。薬草とともに暮らす文化が見直され、それが産業として成り立てば、地域全体が活性化する可能性も広がります。鯉登さんは、伊吹ならではの資源を活かすことのできる未来を思い描いています。

米原で楽しむ田舎暮らし、選べる暮らし方

「米原のいいところは、何もないところ。そして何より人がいいところです。みなさん自然に人と人をつなげてくれます。米原には、湖の近く、山の中、など、田舎で暮らしたい人にとってはいろんな選択肢があると思います。ただ、山の方は雪かきがあって大変。体力が必要ですね。でも、京都や大阪へのアクセスも便利で、雪さえなければ、問題なく行けますよ。」

「できることは小さいけれど、みんながそれぞれできることをやっていけばいいんだから」と語る鯉登さん。その言葉を聞いて、これからも鯉登さんが、伊吹の人たちや薬草に愛されながら、人と人、人と薬草をつなげる活動を続けていく姿が目に浮かびました。そして、伊吹が「薬草の里」として再び注目される日が来るかもしれません。鯉登さんは、米原にはここにしかない豊かな自然や草花、そして守り続けたい文化があり、その中に大きな可能性が広がっていることを教えてくれました。

ほんわか笑顔で取材を受ける鯉登さん

笑顔の鯉登さん

鯉登千尋

概要
米原市みらいつくり隊員(地域おこし協力隊)として2023年群馬県から米原市に移住。伊吹山レンジャーとして伊吹山の保全活動を行うとともに、地域資源である「伊吹よもぎ」を広める活動も精力的に行なっている。笑顔が素敵なスーパーウーマン。
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文/写真

びわ湖の素編集部

びわ湖の素編集部は、ディレクター/デザイナー/カメラマン/ライターなどで構成されるクリエイティブチーム。自分たちが楽しいと感じ、人に伝えたいと感じることを大切にして、米原の魅力を発見し、体験し、発信しています。また、一緒に編集してくれる仲間を随時募集しています。